読みもの
簿記2級を持っている人が、診断士「財務・会計」で残る8論点(公式シラバス対照・2026年版)
日商簿記2級に合格した人が中小企業診断士の1次試験に向かうとき、「財務・会計」はどこまで既に学んだ範囲なのか。感覚ではなく、両試験の公式の出題範囲の見出しを論点ごとに突き合わせて数えました。結論から言うと、財務・会計の28論点のうち15論点は簿記2級で同等以上に学んでおり、4論点はもう一段深く、8論点がまったく新しい範囲です。
対照の仕方
使った資料は2つだけです。診断士側は、試験を実施する中小企業診断協会が公表する令和8年度 第1次試験案内の「13.試験科目設置の目的と内容 2.財務・会計」(p.12-13)。簿記側は、日本商工会議所の商工会議所簿記検定試験出題区分表(商業簿記・会計学/工業簿記・原価計算、2021年12月10日最終改定・2022年4月1日施行)です。いずれも取得日は2026年10月6日。区分表の注記にあるとおり、この版は2026年度試験まで使われ、2027年度からは暫定版(2025年12月公表)に切り替わります。
対照の単位は、両試験に共通する言い方に直した28の「論点」です。それぞれの論点について、各試験でどの深さまで出るかを次の尺度で判定しました。
| 深さ | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| 0 | 出題範囲に無い | 簿記2級の区分表に「経営分析」の項目は無い |
| 1 | 用語・考え方の理解 | 診断士の「資産の会計」として有価証券の分類を知っている |
| 2 | 計算・処理ができる | 簿記2級の「有価証券(売買目的・時価法)」の仕訳 |
| 3 | 応用・判断(組合せ・意思決定・記述) | 診断士の「CVP分析」を使った意思決定 |
深さの判定は運営の判断ですが、すべての行に根拠となる公式シラバスの見出しを付けています(下の各表の右端の列)。簿記2級の深さが診断士の深さ以上なら「同等以上」、0より大きいが足りなければ「浅い」、0なら「未学習」です。
まったく新しい8論点
簿記2級の出題区分表に項目が無く、診断士「財務・会計」では出る論点です。この表の論点だけを新しく学べば、範囲としては埋まります。
| 論点 | 対象での深さ | 手持ちの最大深さ | 対象シラバスの参照 |
|---|---|---|---|
| キャッシュ・フロー計算書 | 2 | 0 | (2) 企業会計の基礎 > キャッシュ・フロー計算書 |
| 会計ディスクロージャー(開示制度) | 1 | 0 | (2) 企業会計の基礎 > 会計ディスクロージャー |
| 経営比率分析(収益性・安全性・生産性・成長性) | 3 | 0 | (5) 経営分析 > 経営比率分析(収益性、安全性、生産性、成長性) |
| 資金繰り・運転資金・フリー・キャッシュ・フローの管理 | 2 | 0 | (6) 利益と資金の管理 > 資金繰りと資金計画/キャッシュ・フロー管理(フリー・キャッシュ・フロー、運転資金の管理、キャッシュ・フロー関連比率) |
| 資本コスト(WACC)と最適資本構成(財務レバレッジ・MM理論) | 3 | 0 | (7) 資金調達と配当政策 > 資本コスト(負債のコスト、自己資本のコスト、加重平均資本コスト)/最適資本構成(財務レバレッジ、モジリアーニ・ミラー(MM)理論) |
| 貨幣の時間価値と投資評価(NPV・IRR・回収期間法・会計的利益率法) | 3 | 0 | (8) 実物投資 > 貨幣の時間価値と割引キャッシュフロー(DCF)/投資評価基準(回収期間法、会計的投資利益率法、内部収益率(IRR)法、正味現在価値(NPV)法、収益性指数法)/不確実性下の投資決定 |
| ポートフォリオ理論と資本市場理論(CAPM・効率的市場) | 3 | 0 | (9) 証券投資 > ポートフォリオ理論/資本市場理論(効率的市場仮説、CAPM、市場モデル) |
| 企業価値・株主価値の評価(DDM・PER・PBR・DCF・マルチプル) | 3 | 0 | (10) 企業価値 > 株主価値の算定/企業価値評価モデル/企業合併・買収における企業評価 |
8論点は、性質で3つに分けられます。
- 財務諸表を「読む」側の論点: 経営比率分析、キャッシュ・フロー計算書、資金繰り・運転資金・フリー・キャッシュ・フローの管理。簿記は財務諸表を「作る」技術なので、作った表から収益性・安全性を読み取る訓練は区分表に含まれていません(キャッシュ・フロー計算書は区分表では1級の項目です)。簿記2級で損益計算書と貸借対照表の構造を手で作れる人は、指標の定義を覚えれば計算自体は難しくありません。
- ファイナンス(企業財務)の論点: 貨幣の時間価値と投資評価(NPV・IRR・回収期間法)、資本コスト(WACC)と最適資本構成(MM理論)、ポートフォリオ理論とCAPM、企業価値の評価(配当割引モデル・PER・PBR・DCF・マルチプル)。簿記2級にはまったく無い世界で、診断士の試験案内が科目設置の目的に「割引キャッシュフローの手法を活用した投資評価や、企業価値の算定等に関する知識を身につける必要もある」と明記している部分です。ここが学習時間の大半を占めます。
- 制度の論点: 会計ディスクロージャー(開示制度)。区分表では1級の「会計基準および企業会計に関する法令等」に当たる内容で、診断士では深さ1(用語・考え方)です。
知っているが、もう一段深く出る4論点
| 論点 | 対象での深さ | 手持ちの最大深さ | 対象シラバスの参照 |
|---|---|---|---|
| CVP分析(損益分岐点・安全余裕率) | 3 | 2 | (5) 経営分析 > CVP分析 |
| 利益計画(限界利益・貢献利益・プロダクト・ミックス) | 2 | 1 | (6) 利益と資金の管理 > 利益計画(限界利益と貢献利益、プロダクト・ミックス) |
| 資金調達の形態(直接・間接金融、自己・他人資本、企業間信用、リース) | 2 | 1 | (7) 資金調達と配当政策 > 資金調達の形態(内部金融と外部金融、直接金融と間接金融、自己資本と他人資本、企業間信用、リース) |
| デリバティブとリスク管理(オプション・先物・為替予約・スワップ) | 2 | 1 | (11) デリバティブとリスク管理 > オプション取引/先物取引(先物為替予約、通貨先物取引)/スワップ |
- CVP分析: 簿記2級の工業簿記では「損益分岐図表」「損益分岐分析の計算方法」まで(感度分析や多品種製品のCVPは区分表では1級)。診断士では経営分析の道具として意思決定まで問われます。計算の型は同じなので、使う場面を増やす学習になります。
- 利益計画(プロダクト・ミックス): 簿記2級の直接原価計算で限界利益の考え方は学びますが、制約条件のもとで製品の組合せを決める計算は診断士側の範囲です。
- 資金調達の形態: 簿記2級は「リース取引(借手側)」の会計処理だけ。診断士では内部金融と外部金融、直接金融と間接金融、企業間信用といった調達手段の比較が出ます。
- デリバティブとリスク管理: 簿記2級は外貨建取引の「為替予約の振当処理」まで。診断士ではオプション・先物・スワップの仕組みと使い方が出ます(オプション等の会計処理は区分表では1級)。
簿記2級で同等以上に学んでいる15論点
簿記一巡、財務諸表の構造、原価計算の体系、標準原価計算と差異分析、直接原価計算、税務会計の基礎、有価証券・固定資産・引当金・純資産の会計、収益認識、外貨建取引、連結会計など、簿記2級の方が診断士より深い論点が多数あります。診断士の試験案内では「(1) 簿記の基礎」「(2) 企業会計の基礎」として一括りに書かれている範囲です。
| 論点 | 対象での深さ | 手持ちの最大深さ | 対象シラバスの参照 |
|---|---|---|---|
| 簿記一巡(仕訳・帳簿・試算表・精算表・決算整理・財務諸表の作成) | 2 | 3 | (1) 簿記の基礎 > 決算処理一巡(試算表・精算表の作成、決算仕訳、貸借対照表・損益計算書の作成) |
| 損益計算書・貸借対照表の構造と区分表示 | 2 | 3 | (2) 企業会計の基礎 > 損益計算書(収益の会計、費用の会計)/貸借対照表(資産の会計、負債の会計、純資産の会計) |
| 企業結合・連結会計(合併・連結決算・のれん) | 1 | 2 | (2) 企業会計の基礎 > 企業結合(合併・分割、連結決算) |
| 税務会計(益金・損金・課税所得・税効果) | 2 | 2 | (3) 税務会計の基礎 > 益金と損金/課税所得と税額の計算 |
| 原価概念と原価計算の種類・方法(費目別・部門別・製品別) | 2 | 3 | (4) 原価計算 > 原価概念/原価計算の種類と方法/原価情報の利用 |
| 標準原価計算と原価差異分析 | 2 | 3 | (4) 原価計算 > 原価計算の種類と方法/(6) 利益と資金の管理 > 予算・実績差異分析 |
| 直接原価計算と全部原価計算 | 2 | 3 | (4) 原価計算 > 原価計算の種類と方法/(6) 利益計画(限界利益と貢献利益) |
| 予算・実績差異分析 | 2 | 2 | (6) 利益と資金の管理 > 予算・実績差異分析 |
| 配当・剰余金の処分(配当政策と会計処理) | 2 | 2 | (7) 資金調達と配当政策 > ペイアウト政策(配当の種類、配当性向、配当政策の効果、自社株買い) |
| 有価証券の会計処理(売買目的・満期保有・その他有価証券) | 1 | 3 | (2) 企業会計の基礎 > 貸借対照表(資産の会計) |
| 固定資産の会計(取得・減価償却の方法・除却・圧縮記帳・無形固定資産) | 2 | 3 | (2) 企業会計の基礎 > 貸借対照表(資産の会計) |
| 引当金(貸倒・退職給付・賞与など) | 1 | 3 | (2) 企業会計の基礎 > 貸借対照表(負債の会計) |
| 純資産の会計(資本金・剰余金・株主資本等変動計算書) | 1 | 3 | (2) 企業会計の基礎 > 貸借対照表(純資産の会計) |
| 収益認識(履行義務・契約資産・変動対価) | 1 | 2 | (2) 企業会計の基礎 > 損益計算書(収益の会計) |
| 外貨建取引と換算 | 1 | 2 | (2) 企業会計の基礎/(11) デリバティブとリスク管理 > 先物為替予約 |
ひとつ注意があるのは配当です。深さは同じ2ですが、簿記2級は「準備金積立額の算定」「剰余金の処分」という会計処理の視点、診断士は「配当の種類、配当性向、配当政策の効果、自社株買い」という政策の視点で出ます。同じ論点でも問われ方が違うので、この表に入っていても読み替えが要ります。
反対に、簿記2級には出るが診断士の試験案内には項目が無い論点が1つあります(本支店会計)。診断士の学習では優先度を下げてよい範囲です。
簿記3級だけの人はどうなるか
同じ対照を簿記3級の区分表で行うと、同等以上は5論点、浅いが2論点、未学習が20論点になります(論点カバー率 19%)。3級は商業簿記のみで工業簿記・原価計算が無いため、原価計算・標準原価計算・直接原価計算・CVP分析がまるごと未学習に入ります。診断士「財務・会計」を目標にする人が簿記2級まで取るかどうかは、この差(工業簿記の有無)で判断できます。
手持ちの資格を切り替えて同じ表を見るには、トップページの差分ツールを使ってください(無料・登録不要)。
学ぶ順番の提案
未学習の8論点には依存関係があります。運営としては次の順を提案します。
- 経営比率分析: 簿記で作った財務諸表をそのまま材料にできるので、最初に取ると「作る」から「読む」への切り替えが早い。
- キャッシュ・フロー計算書 → 資金繰り・運転資金・FCF: 貸借対照表の2期比較から間接法で作る練習は、簿記2級の決算整理の知識で追えます。FCFはそのまま次の投資評価の材料になります。
- 貨幣の時間価値 → NPV・IRR → 資本コスト(WACC)→ 企業価値評価: 割引計算が土台で、割引率が資本コスト、割引対象がFCFや配当という積み上げです。順番を入れ替えると式の意味が分からなくなります。
- ポートフォリオ理論とCAPM: 自己資本コストの算定でCAPMを使うので、WACCの前後に置きます。
- 会計ディスクロージャー: 用語中心で独立しているので、最後にまとめて。
試験の形式(公式の値)
| 試験 | 時間・配点 | 直近の日程 | 出典(取得日) |
|---|---|---|---|
| 中小企業診断士 第1次試験「財務・会計」 | 60分・100点(全7科目とも各100点) | 令和8年度は2026年8月1日に実施済み。令和9年度の日程は未公表 | 令和8年度 第1次試験案内(中小企業診断協会)(2026-10-06) |
| 日商簿記 2級 | 90分・100点 | 統一試験 第174回 2026年11月15日(日)。ネット試験は通年(2026年11月9日〜18日は施行休止) | 2026年度試験日程カレンダー(日本商工会議所)(2026-10-06) |
参考までに、令和8年度の診断士1次試験では「財務・会計」の科目受験者が17,474人、科目合格者(試験合格者を含まない)が3,378人でした(令和8年度 第1次試験に関する統計資料、取得日 2026-10-06)。日商簿記2級のネット試験は2025年4月〜2026年3月の受験者が141,072人です(日本商工会議所 受験者データ、取得日 2026-10-06)。
出典
- 中小企業診断協会「令和8年度 中小企業診断士 第1次試験案内」13.試験科目設置の目的と内容 2.財務・会計(p.12-13) PDF(取得日 2026-10-06)
- 日本商工会議所「商工会議所簿記検定試験出題区分表」商業簿記・会計学(2021年12月10日最終改定・2022年4月1日施行) PDF(取得日 2026-10-06)
- 同 工業簿記・原価計算 PDF(取得日 2026-10-06)/区分表の一覧 kentei.ne.jp/bookkeeping/exam-list
- 対照表のデータそのもの(論点28×資格3=84行)は、本サイトの差分ツールが使っているものと同一です。
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